遠くの出来事

遠くの出来事はニュースでしか知る由も無く、「へぇそーなんだ」で鵜呑みにするのが普通で。
公のニュースなんだから、そんな大きな間違いはないだろう。と思うのが普通で。
性善説は悪くないと思いますし、自分もその中の一人です。
しかし、いざ現地に近付くと、なんじゃそりゃ?な場面も多かったです。

自分は「アメリカかぶれ」な部分が多いです。服も音楽もその他の文化も。
しかし、ヨーロッパではアメリカを煙たがる方も実際多かったです。
例えば、英語の発音が崩れていて分かり難いとか、アメリカだけ単位(ポンド、ヤード、華氏等々)が違ったりとか。
そして、他国への介入が多いとか。

超大国だから振舞える部分があるのかなぁとは思います。特に日本は先の大戦で負けていますし、アメリカ発の情報が正という前提になりがちなのかと。
実際、高度成長までは日本も色々と多めに見てもらってきたとは思います。貿易面の優遇や、様々なコピー商品の輸出も含めて。

「クジラは何故あんなに寒い海で暮らしているのか?」という問いが以前に読んだIT系の記事にありました。
大きな身体の体温を落とす為とか色々とありきたりな理由が出てきた中で、その記事は「そこに餌があるから」と。

超大国が外国にちょっかいを出すのは、そこに利権があるからというのは多かれ少なかれあるようです。
しかし、そんなことは表向きに出せないので「石油が欲しい」とは言わず「独裁国家で国民が不自由している」となったりとか。
実際のところ、どうなのか自分も分かりません。
しかし、アフリカに技術支援へ伺った際、現地で教養のある方々は「カダフィが暗殺されたとき、何故にそこにヒラリー女史が居たのか?」と話題になっていました。
ここでいうヒラリーさんとは前回の合衆国大統領選で立候補されていたヒラリー・クリントンさん。
そして、カダフィさんとはリビアで暗殺された特栽者とも言われたカダフィ大佐。アラブの春の一つでした。
カダフィさんの暗殺直前にヒラリーさんがリビアに入国していたのは、日本でその当時あまり知られていなかったと思われます。

カダフィさんが暗殺された数ヶ月後に自分はアフリカのカメルーンへ技術支援で伺っていました。JICAとか大使館関連とか、日本でいう文科省系の方々と食事を一緒にしたことも。自分は勿論ちっとも偉くなくただの技術者。
大使館への訪問を突然誘われたりもあったりでしたが、自分はクロックスのサンダルしか持参しておらず(プライベートの荷物より少しでも使えそうな機材を持ち込みたく)、辞退しています。直近にあったトラブルの方が重要でしたし、それが片付かないと帰国も難しく。
美味しかった料理は大衆食堂で頂いた破格の舌平目くらいで、何もかも日本人の舌には合わず、シャワーは突然熱湯しか出てこなくなったり、停電も断水も頻繁で。何よりも治安が悪すぎて一人で街中を歩くことも許されない状況。
早く、日本で白いおまんまを頂きたいだけでした。吉野家の牛丼も一杯千円で許されそうな日本人にとってのアフリカでした。

昨年のアフリカにて
自分の知っているカダフィ大佐は、それイコール独裁者な方程式でした。権力を盾に好き勝手暮らしつつ、国民は不自由な生活を強いられ。
これも遠くから届くニュースを元にした知識でした。
しかし、リビアはある面理想国家で、生活面や教育面で国民は様々な恩恵を受けていたそうです。無償に近い扱いが出来た理由は石油で儲かったお金が国民に還元されていたと。
独裁者というレッテルは、半島の北側の国に近いイメージで、損する印象が濃いです。ましてカダフィさんの見た目はヒール役のプロレスラー。

帰国してから検索してみたところ、同様の記事が僅かに見受けられて。
その件を思い出した先程、改めて検索したところ同様の記事はかなり増えていました。例えばこちらのサイトです。→”カダフィーの真実~理想社会を創った英雄:のびやかな暮らし”
これは自分がアフリカで聴いた話にけっこう近く。

自分が普段調べ事で参考にしているWikiでもカダフィ大佐の記事は負の側面が未だ多い感です。
それで、カダフィ大佐が暗殺された後のリビアがどうなったか?というと、もう無茶苦茶な状況らしく。最悪な状況の庶民生活だとか。
上記のWikiの記事では僅か一行で評価の一面も綴られてはいます。しかし、もっと具体的に綴ってもいいのになぁと思えたり。
その一行を引用。「カッザーフィーの政策はイスラム過激派を抑え込むなど治安面での安定をもたらし、豊富な石油収入を国家が管理し、それを国民に分配することで世界有数の福祉国家を作り上げた実績も決して無視はできず、カッザーフィー亡き後にリビアが世界最悪ともいえる悲惨な状態になっている中、カッザーフィーの政策を評価する人も決して少なくない」。
まぁ、上手く要約されているとは思います。

世間で知られている情報に従うのは、ある面安全ではあります。そして、異を唱えるのは危険だったり。
ただ、事実に沿った情報か否かは次元が異なり。
しかし、どれが事実なのかは当事者に近くないと分からないかと思われます。
ここで自分が綴っていることも人づての話なので、どこまで本当なのか自分でも分かりません。
ともかく、株価が上がろうと下がろうと、現状維持を何とか続けているこの国で平凡に暮らせていることに感謝してはいます。(こんなオチです)

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