三ヶ月ぶりに床屋さんへ

本日は朝から三ヶ月ぶりの床屋さんへ。
原始人に近いむさ苦しい髪だったのですが、えらくスッキリしました。
仕事の面談の予定が急遽入り、スッキリする必要がありました。
店員さんが三名体制のお店、今日担当された女性は久し振りで。

毎度の世間話になりました。「仕事に就いたの?」とか「お母さんの調子は?」とか。
母については昨年の7月に他界していて、その旨を伝えました。
あぁ、そういえば亡くなる直前の帰省前にも床屋さんに来たんだよなぁと。

少し話が逸れます。
しばらく前に叔母から伺っていたのですが、実家の売却が(恐らく)上手く行った様です。
住宅情報サイトからも、物件情報が消えていました。
昨年の11月頃から掲載されていて、約半年掛かった様です。
とりあえず、ひと段落ついて良かったです。最後まで面倒を掛けてしまった叔母も肩の荷が降りたと思います。

途中で自分が暮らす案もチラッと登場していたのですが、あの土地に仕事は無く、自分一人で暮らすには広過ぎました。
空の玄関な町は流れ者の町でもあり、残る友人ももう僅かかと思います。皆大学卒業時には日本全国に散らばってしまいました。

自分が進学で上京してから建てられた家なので、そこで育ったような思い出は無く、たまに帰省する程度で、昨年の葬儀前の帰省は実に20年ぶりでした。
しかし、帰る場所がもう無いという感覚に、やはり寂しさもあり。
もう犬もいなければ、母もおらずで。

まぁ誰しも何時かは訪れることなのだから、仕方ないと思うべきなのでしょう。
高校卒業まで4年間暮らした千歳の町は、中心街も賑やかで冬の雪も夏の緑も、何もかも美しかった記憶です。

コメント

  1. ルノワール より:

    一応、毎年夏に帰省はしているけど、寂れ具合がハンパない。

    自然に囲まれた田舎と違って、中途半端に栄えた過去のある街のほうが、その凋落ぶりが目立つように思うわ。

    特に舗装道路の歩道部分。
    盛り上がって裂け目から雑草が伸び放題になっているのに補修が追いついていない。
    あのアスファルトって、俺が小学生の頃から替えていないんじゃないか?とまで思ってしまう。

    • SUKIYAKI より:

      首都圏でも、震災以降車道が波打ったままとか、歩道が街路樹の根で盛り上がったままとか時々見掛けたものでした。

      向陽台の実家は当時家を建てた世代が高齢化している様子で、住民の入れ替わりもそれなりに進んでいる様子でした。
      自分の実家は庭の木々がノーメンテで近隣や歩道にまで浸食していて、家の売却前にはその伐採で結構な費用が掛かっていました。そんな住宅も地域にポツポツと。

      一番残念だったのは、やはり当時の中心街の凋落ぶりで。
      当時は立ち読みも好きで、本屋さんを渡り歩いたものでした。(エロ本はこの店でとか)
      昨年の帰省時には中心街に一店舗も残っておらずで。
      文化的なモノが失われるのは色々と問題があるかと。