Iさんの誕生日のこと

また誕生日を迎えてしまいました。
もう十分だよという感覚です。

誕生日は何故か母が覚えていて、メールや電話が来たものです。
そして、地元北海道の食べ物を贈ってもらったり。
しかし、母の懐事情は知っていたし、自分の為に使ってほしいと。
有難かったのですが、自分は何もしてあげられていないし勿体無くて。

そして、認知症の入った去年は何の連絡も無く。
もうそういったことは無いんだろうなぁと去年から思っていましたが、葬儀は先月だったので、もう二度とないと。

トラピストのクッキーが自分は大好物だったので、缶入りが沢山届いたこともありました。
先月の帰省で二十年ぶりに寄った空港で、あのクッキーを扱う店舗は減り、やっと見つけたものの缶入りは結構な値段していました。
全くなぁと。

ここ数日、色々と考えさせられることがありました。
ただ、ここでは綴れない話なもので、友人や関係者と直接連絡を取り合い。
漠然とした不安要素ではあったものの、よくよく考えてみたらそういうことだったのかな?と。
まぁ心配し過ぎかもしれませんし、余計な心配かも知れませんし。
キリの良い本日ですので、これ以上考えるのは止めておきます。
一つ若かった頃のことで。

思い帰してみると特に大学時代の自分は色々と大変でした。
借金せずに学費や生活費の捻出、そして実家との確執。
卒業と同時に水に流したことでしたが、あれは良い経験だったと思っています。
あれが無ければその後の人生を対処し切れたのか分からずです。

何もかも上手く対処出来たワケではないのですが、それで大きな病気になったワケでも無く。
ただ、当時の自分は若かったから、東京でどこの馬の骨だかも分らぬ自分に大人達は寛容だったとも思えます。頑張っていたのは伝わっていた様で、どれだけ助けられたことか。
曲がったことは嫌いでしたし、それで逆に迷惑を掛けてしまった場面もあったなぁと。
ただ、立場上仕方ないという感覚も持てるようになりました。

学校を出るまでは優秀だった若者も、社会の理不尽さに短期間で崩れてしまう例も自分は観てきました。
現実と理想のギャップです。
学生時代の自分の経験が無ければ、自分もそうだったかも知れません。

話が少し飛びます。誕生日の思い出です。
大学時代の職場で、母親代わりの様な女性職員Iさんが居ました。母よりは少し若かったのですが、いつも気にかけてくれていて。
同期が何人か居る中で、何故か自分のことを気に入ってくれていた様で、どうしてなのかな?と。一番貧乏そうだからなのか。
いつも優しい笑顔で接してくれたのですが、感情の波は大きめでした。どうしてそんなことで怒っちゃうの?と思えた場面も。また何か配慮が足りなかったのかなぁと。

他の職員から聴いたのですが、職員になりたての頃はかなりの美貌の女性だったそうで、誰からもチヤホヤされたそうです。
同じ会計課で一人だけ厳しいオバチャンが居たそうです。仕事はもっと厳しく。
しかし、不正会計が非難された学園紛争は学内の戦争状況で。ある日そのオバチャンが早めに出勤し、職場で首つりをしてしまったそうです。
全ての責任を一人で背負いこんだそうです。実際、それで使途不明なままになった部分もあったそうで。
Iさんはあまりのショックで入院してしまったそうです。大嫌いな上司だったハズなのに、想いは一転してしまったそうで。泣いてばかりで仕事にもならず。

Iさんの誕生日をその日たまたま知った自分は仲の良かった同期と一緒に廊下で「お誕生日おめでとうございます!」と大声で。
しかし、何故か聴こえなかったのか二人でもう一度。どうやら無視されてしまった様です。
その後も自分と口を聴いてくれなくなったIさん。

あまりにも頑ななIさんに「どうしてなんですか?」と二人の場面で直接聴いてみました。
「(年寄りの)誕生日をからかっていたと思ったの」と。
「そんなのあるわけないじゃないですか!自分、意地悪なんて一度もしたことないですよ!」で、Iさんに謝られてしまい。

数日後に同期と自分は高級な居酒屋さんにIさんから誘われて。Iさんは二人に直々で謝りたかったそうです。二人とも夜間の大学は珍しく休みました。
どの食材も美味しく、生まれて初めての生牡蠣も。生牡蠣は今年最後の品だそうです。
これは食感も味も最高でした。世の中にこんな美味しいモノがあるとは。
Iさんは苦手らしく頂いていませんでした。

しかし、その晩の深夜二時に悪寒と下痢と吐き気。
明け方までバスルームのトイレで青い顔。便器にまたがり、膝にはタライ。
こんなの生まれて初めてです。
久し振りに仕事も休んでしまい。

仲の良い同期は、こういったタイミングで必ず電話を寄こしていました。
昼食がいつも一緒だったから、それで気付けば「大丈夫か?」と。
同期が逆の立場でもそうでした。
なのに電話も無く、冷たい奴だなぁと。

翌朝再会した同期は青い顔をしていて。
「まさかお前も腹壊していたのか?」。
互いに「お前もか!」で大笑い。
「電話こねーから冷たい奴だなって悲しんでたんだよ!」と伝えたところ「俺も同じこと考えてた」と。
やっと「生牡蠣にどうやら当たったらしい」と互いに気付きました。
あれは死ぬかと思ったものの、二人で大笑いで。

Iさんは勿論意図的にハメたワケじゃなく、気まずそうな数日でした。そんなのを責めるつもりは無く。
でも、そんなドラマに優しい人間味を感じて、自分はみんな大好きでした。
携帯もスマホも無かった時代です。

立派になれたらIさんに挨拶行こうと思っていました。しかし、残念なことにそうはならなそう。
Iさんはずっと独身のままで、千葉のマンションで一人暮らしていると数年前に他の職員から聴いていました。
トラピストのクッキーはまだ数箱残っていたし、住所を知れたら数日中に伺わねば。
世の中捨てたもんじゃないですヨ。

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