ちょっと謎だった事件

今夜の某国営放送で、金大中事件が特集されていました。
自分が幼少期に起こった事件なのですが、何故だかよく覚えています。73年の事件だったので、自分が幼稚園に通う頃でした。
隣の国の偉い人が日本で誘拐されて、しばらくしたら隣の国で発見されたというのは、幼児ながらも怖かった記憶です。

あれは何だったのか、その後に幾度か検索したことがあったのですが、どうにも国の闇に包まれた部分が多く。
今夜の放送では、その辺を重点的に解説していまして、そういうことだったのかと。
ただ、拉致されて関西から出港した船の上を戦闘機が幾度も旋回していたという話は初めて知りまして。日本か米国の戦闘機だとは思うのですが、その辺は相変わらず闇の中でした。

当時の隣国は軍事政権から抜け切れない時代だったのか、物理的に近い国ながらも謎が多く。もっとも、自分も幼稚園生でしたから知る術も無く。ただ、K-POPが流行っている現代から比べたら、文化面も謎が多かったんだろうと思います。
またアマチュア無線の話になってしまいますが、80年代の初頭にアマチュア無線にデビューした中学生の自分は、その隣国と交信する機会が多く。当時暮らしていた北海道からは良く繋がりましたし、直線距離では九州と変わらずで。
不思議だったのが、隣国の無線家は高齢者ばかりで何故か日本語を流暢に話されていて。ここら辺の事情を知ったのはずっと後でした。終戦までは日本語を普通に習っていた世代らしく。
高齢者の方は皆さんとても親切でした。自分が中学生だったのもあってか、孫に接するような優しい対応で。
隣国の状況が普通に伝わるようになったのは、現地で開催されたソウルオリンピック以降だった記憶です。

自分がインターネットに触れたのは95年頃。そして、一般の方々がインターネットに触れ始めたのがその5年後くらい。
その頃になって隣国の文化的な状況とかも伝わるようになった気がします。当初は「日本のパクりだらけ」との笑いのネタが多く。
そのうちに、両国間の雰囲気も悪くなりはじめ。この流れはほとんど止まることなく。
慰安婦問題は91年頃の朝日新聞の記事で存じていましたが、当初は「そんなことがあったんだ」と疑いもせずに真に受けていました。この頃から何かおかしくなり始めていた感です。
未だに解決していないというか、合意しても結果的に意味をなさずの繰り返しで。

見た目も文化も日本人と現代ではほとんど変わらない隣国。ただ、根本的な違いは色々とありそうです。
そもそも、半島内での戦争は未だに終わっていない休戦状態ですし、徴兵制も続いていますし。
志願した場合は18歳から入隊可能で、徴兵は19歳からだそうで。その年齢の1年というのは、かなり貴重だと思います。徴兵されたからには数年戻れないのでしょうし。

日本の場合は敗戦国なのもあって、愛国心を無暗に唱えると「危ない奴」的な扱いを受けがちですが、だいたいそんな風潮自体が異常かも知れずです。
合衆国にしても、国籍を取得する場面で愛国心は非常に重要だったハズで。本土を攻められて無抵抗で国を提供してしまうような意見がある国なんて、珍しいかもしれません。
負けた軍隊は現代でも酷い扱いですし、湾岸戦争関連でも酷い扱いを受けた中東の兵隊達の写真が残っていたり。協定はあるらしいですが、実際に守られているのはレアなのかも知れず。
だいたい、ギリシャ時代の奴隷制度から敗戦国の扱いなど大差無いくらいに思っていたりです。
日本の場合も文化の一部は否定されてしまった感です。アイデンティティを失ったというか。ただ、復興もしっかり出来たので、まだマシな方だったのかなと個人的には思っています。

話がまただらだらと伸びてしまい、申し訳なく。
昨年に引き続き、今年もコロナな話題が多かったものの、アフガニスタンの脱出激には目を見張るものがありました。
大国のハザマで滅茶苦茶にされてしまった国家の一つだとも思いますが、同一民族なのに宗教の違いで内乱が収まらず。
少なくとも、敗戦後の日本はそんなことが(ほとんど)無かったですし、生まれてきた国の中では恵まれた方だよなぁと思いがちです。
何より、言論の自由も(ほとんど)保証されている感ですし。
隣国については、やはりその辺でも違いがある様です。
日本は十二分にこれまで譲歩してきたハズなんだけどなぁと。ちとまとまりの悪い記事になってしまいました。

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