言葉狩りとか

昨日のこと、地元の某レトロ喫茶さんへひょっこり伺うことに。
新型コロナ関連でどの飲食店も閑古鳥が鳴く状況だったりで、少し心配でもあったり、雨上がりの春の様な暖かさでもあったり、お花見気分で暖簾を潜ってみました(暖簾の無いお店ですが)。

引き戸を開けると、案外お客さんで賑わっていて。自分はだいたい空いていそうなタイミングを狙っているのですけれど。テーブル席は空なものの何方かの荷物が。
お店に入ると「二階に皆さん揃っていますよ」とのスタッフさんの案内が。誰かな?と上がってみると顔馴染みのクリエイターな乙女達が揃っていました。
とても平和なムード、久し振りの方も居たり初めてお会いする九州の方も居たりで。

挨拶後に地上に戻って、本棚の気になっていた作品を読むことに。ターゲットの頁は決まっていました。

「ちびくろサンボ」なのです。
子供の頃にワクワクして読んだ作品です。一種のロードムービー的でもあり。
結果理系の道に進んだ自分でも、トラ達がクルクル周ってバターになってそれでホットケーキを作ったクライマックスが大好きでした。
理屈なんてどうでも良くて、この発想力が素敵では無いですか。
トラとバターとホットケーキは三点セットな思い出です。

しかし、八十年代の言葉狩りで世の中からほぼ消えてしまった作品の一つでもあります。
差別的な表現が含まれているそうで。
そんなことを伝えたかった作品では無いのになぁと。そして、若い世代はタイトルも知らない作品になってしまったそうです。

先週たまたまなのですが、Jazzピアニストのマッコイ・タイナーさんが他界されていて。自分はコルトレーンの作品でしか存じていませんが、安定した演奏なサイドメンな印象でした。
あと、うろ覚えになるのですが、「1・2の三四郎」の作者である小林まことさんもマッコイさんに感動して「I am マッコイ」という作品を残していた記憶です。
作品を作ったキッカケ(本当にかなりのうろ覚え)はニューヨークを旅行した際に、Jazzクラブで労働者風のオッサンがピアノを弾き始めたら、あまりのインパクトに圧倒されたそうで。
途中だったかでそれがマッコイ・タイナーだと知り、ご自身の新作のモチーフにしたそうで。
当時のJazz Lifeのインタビュー記事で読んだ記憶でしたが、小林まことさんもJazzが好きで、ベースもたしなむそうで。
記事の中には、学生時代に観た映画は網走番外地とかの仁侠ものが多かったそうで。あの世界観は後の作品にも活かされたのかなぁとも。

その「I am マッコイ」は週刊漫画に連載中に幾度か読んでいます。腕力だけが強みの野蛮な高校生な主人公、当時人気のあったバイクRZ250を友人から奪い取って乗りこなしていたり(実際は発車直後に引っ繰り返ったり)。
主人公のお姉さんは現代で云うソープ嬢なのですが、セリフが当時らしく「このトルコ嬢が!」とか。
これ、現代の若者には通じない言葉だと思います。それより少し古い映画「トラック野郎」でも普通に使われていた言葉なのですが。
まぁ、日本のトルコ風呂というのは間違った文化の伝わり方だったようですし、日本に赴任したトルコ人の男性が知らずに入って驚いたとかの新聞記事も当時話題になって。
これは別の言葉に置き換えるべきだったと思える範囲です。

他にも、言葉狩り等で葬られたり差し替えられたりした作品は色々とあった記憶です。ブラックジャックや人間の証明にも「くろんぼ」とか使われていたような。
実際に、当時普通に使われていた言葉なのですし、無理して隠す必要も無いのになぁと思ったりです。好奇心で調べればすぐに判る時代なのですし。
煙草の煙モクモクな職員室の金八先生とかも、たまに観たくなったりです。あれが昭和の中学校だったのですから(実際にそんな場面があったのか覚えていませんが)。

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