御茶ノ水の仲通りに「池田坂」というユルい坂があります。
三十年前の自分は通勤にいつも利用していたルートです。昼間はこの近くの大学で働き、夜は港区の夜間大学で学んでいました。
自分のお世話になっていた昼間の大学は、職員の何割かが勤労学生で自分はようやく一年目の新人。周りは先輩だらけでした。
ある日、仕事を終えてタイムカードを押し、先輩職員二人と一緒に駅へ向かうところで妙な事件に巻き込まれました。
池田坂をテクテク上っていると、歯学部の横を通過した辺りで歩道にしゃがみ込んでいた女性が突然立ち上がり抱き着きそうなポーズで「お兄ちゃん遊ぼー!」と。
先輩二人と自分は互いの目を見つめ合いました。(お互いお前の知り合いか?という感じで)
突進してきた女性は同世代くらいのジャイ子風な見た目で、満面の笑み。
先輩A:やべ、逃げろ!
先輩B:俺、こーゆーの苦手なんだよ!
SUKIYAKI:?
ともかく一目散に逃げ出しました。数十メートル走ったところで振り返ると、まだ追ってきていました。駅前のT字路に差し掛かったところで先輩二人は左へ、自分は右へ逃げることに。この赤いジャンパーが良くないのかな?
聖橋口の改札を通過後に振り向くと、女性の姿はもうありませんでした。
あれはいったい何だったのか?電車の中で考えました。
どっきり系の番組にしてはカメラが無かったし、第一素人を嵌めることなど無く。
「俺、こーゆーの苦手なんだよ!」というセリフがちょっと可笑しくて思い出し笑いしたり。だいたい、こんなのが得意な人などいるのかいな?
あれがもし小泉今日子さんの様な美人だったら一緒に遊べたのか?と考えてみても、やはり自分には無理そうです。
それが刃物を持った暴漢なら闘ったのかもしれませんが、あの満面の笑みで壊れた女性というのは、けっこうな恐怖でした。
何されるか見当もつかず、自分は完全にひるんでいて。
翌朝、職場でその件を伝えたところ、去年も出没したちょっとした有名人だったそうで。
「春になると出るんだよね」「一応、追い掛ける相手は選んでいるみたい」とのことでした。「気をつけなきゃ」と女性職員から言われたものの、こんなの気を付けようが無さそうで。
この界隈は大きな病院が幾つもあって、そこから抜け出してきたのか、地元の住民なのか分かりませんが、後にも先にもそんな経験は自分に無く。
いまでも、御茶ノ水方面に伺った際はあの坂を通過することが多いです。落ち着いた雰囲気の空が青い坂で、下り方面は見晴らしも良く。
その度に、この妙な出来事を思い出したりです。
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