濃過ぎた人

六年ほど前までお世話になっていた会社には八年ほど在籍しました。
自分の中では一番長く続けられた仕事で、待遇も悪く無く何よりも会社の雰囲気が良く。
特に仲の良かった社員とは現在でも交友関係が続いています。

15名程度の会社は分析装置を販売し、自分はそこで技術系の社員でした。
他にも技術者は何人か居たものの、化学系の出身者ばかりで物理や電気、IT関係はそれまで弱かった様子です。
不得意だった分野の問題が幾つも残っていた状況で、自分の採用となり。
幸い、どの問題も自分が解決出来る範囲だったので、長年原因不明だったトラブル等の根本的な解決策を導き出したり。
入社当初から活躍の場が幾つもあり、会社側としても採用した価値はあった様です。

ただ、会社には問題も幾つかありました。
社長がかなりの偏屈者だったのと、業務を担当する女性のMさんが筋金入りの意地悪で。
自分より少し若いMさんの見た目はスタイルも良く、相当な美人ではあったのですが、他の社員のミスを嬉しそうに批判したり、お局様気質で新人社員への虐めも酷く。
仕事面だけはミスの少ない優秀なMさんだったと思いますが。

幸いなことに、そこで自分を庇ってくれた女性社員が二人居ました。総務のHさんと技術のEさんです。
二人とも優しく弱い者虐めなど大嫌いなタイプで。特に入社間もない頃は幾度助けられたものか。
その二人の女性はプライベートでの趣味も良く、知性も感じられたので仕事以外の話題を楽しむ場面の方が多いくらいで。
男性社員の割合が多い会社だったものの、自分からすると面白味を感じる方が何故か少なく。皆さん無難な話ばかりで。

仕事に慣れた頃の自分はMさんに「ドロンジョ様、どうぞお許しを」と冗談を飛ばしがちでした。
ドロンジョとは大昔に流行ったアニメの悪役で、美人ではあるものの女王気取りで。アニメ上では悪役でも憎み切れないキャラでした。
丁度その当時に実写映画でリメイクもあったりで、ドロンジョ役は人気の綺麗な女優さんがあてがわれ、Mさんとしては褒められているのか馬鹿にされているのか判断に迷った様子でした。
自分としてもどっちの意味も兼ねていましたし。まぁせめて笑える雰囲気には繋がっていたと思います。

自分の入社当初はMさんが社内で一番強い立場でした。しかし、あのやり方では無理があった様です。
ほとんどの社員から避けられる立場になってしまい。Mさんは特に敵対視していた他の女性社員を落とし込もうと騒ぐ場面も多く。
しかし、その女性社員は頭も良く人生経験も豊富だったので、毎度ほぼ勝ち目が無くMさんは自爆してしまいがちでした。

遂にMさんはメンタルを壊してしまい、通院されていたそうです。
いつも不機嫌な表情で腕を組み、仕事上でも何かにぶつくさと怒ってばかりで。表情は大切ですし、せっかくの美貌も台無しで。
結果的にMさんは自主退職。転職先は既に決まっていて、競合メーカーの営業部長クラス。
転職先は待遇も良かったらしく、退職前にはそれを自慢するMさんでした。

しかし、狭い業界の噂は営業さん経由で筒抜けでした。
Mさんは入社当初からあのスタンスで、営業成績の良かった社員が次々に辞めてしまったそうです。
会社側も売り上げが落ちたのか。Mさんはまた病気が再発したらしく、退職後に故郷の南の島に戻ってしまったそうです。

Mさんは美貌を武器にセックスアピールしてくる場面も多かったです。
甘い声で誘ってきたり、胸元の開いた服で敢えてしゃがんで見せたり。当時の女性の間では下着の見えやすいズボンが流行っていて、それもしゃがんで背中から見せつけたりで。
これは罠以外の何物でも無く。下手に誘いに乗っては弱みを握られるだけなのも解っていて。

「Mさんパンツ見えてますよ」と、平然と立ち向かう自分でして。
Mさんは「セクハラよ!」と反撃するのですが「黙れこの露出狂」と自分も言い返し。
勿論自分は冗談半分で、それはMさんにも伝わっていたかと。
ちなみにあの時は「今日は水色ですネ」と言うべきかちょっと迷いました。

Mさんにまつわるトラブルは他にも色々とあったのですが、トドメを刺さない自分にMさんは一目置いてくれていた時期もありました。
「あんちゃんあんちゃん」と呼ばれてしまい。
しかし、気を許すべき相手ではなく「お主の様な妹などおらん」と突き返し。

Mさんに本気で怒ってしまったのは一度キリくらいだったかと。
高齢の営業さんだった方が脳梗塞で倒れてしまい。
とても人柄の良い模範的市民で、自分も学ぶべき場面の多いお爺さんでした。お客さんからの信頼も厚く。
しかし、仕事復帰後は些細なミスが続いてしまい。
それに対してMさんは「あんた頭おかしいんじゃないの?」と大声で。
自分は咄嗟に「酷いこと言うな!」と怒鳴ってしまい。
あの時のMさんは何も返せずでした。

勿論、Mさんにも良いところはありました。
兄の急な他界で仕事を休んだ自分。
翌日には仕事に復帰したのですが、それまで悩みの種でしかなかった兄であっても、亡くなってしまった直後には、兄の良かった面を次々に思い出してしまい。
普段の元気が無かった自分にランチタイムのMさんは「いーづかさん、たまには一緒にランチに行こうよ!」と。
全く予期せぬ発言に涙線が一気に壊れかけてしまい。
「いま優しい言葉を掛けないで!」と。Mさんは「優しくなんてしてないよ」と。
職場を逃走した自分、裏の小さな公園で一人泣き崩れてしまい。
どうにも隙を見せてしまった。
でも、ちょっと嬉しかったです。

Mさんが去った後の職場に登場した若い女性の話を綴ろうと思ったのですが、全然関係無い記事になってしまいました。

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