中国行きのスロウ・ボート

特別にファンというワケではないのですが、今年も村上春樹さんはノーベル賞を逃した様子です。
だいたい、文学の世界一的な評価ということ自体、選考が難しいかと思います。
個人的には「その作品が人の心をゆすぶってなんぼ」な世界かと思っていますし、受け手の経験や時代背景によっても評価は大きく変わりそうですし。

インターネットが普及するしばらく前に、パソコン通信で知り合った方から紹介された本の一つが「中国行きのスロウ・ボート」でした。
村上春樹さんの初期の短編集です。紹介される以前にも何処かで読んでいたのかも知れません。ただ、読んだタイミングで突き刺さったものがありました。
ケータイもインターネットも無かった時代、約束の重みが違ったよなぁと。次にいつ会えるのか連絡が取れるのかも分からない時代。住所録も予定表も全て小さな手帳の中。
自宅の電話番号や住所を忘れてしまっては、それで音信不通になってしまう時代でした。むしろ、こんな便利な現代の習慣の方が遥かに短い期間なのですが。
当時の自分に限らず、引越した後は年賀状で新しい住所を表記したもので。一年くらいは旧住所からの転送も可能だったので、そんなものでした。

最近、身の回りでちょっとしたトラブルがありました。自分には直接関係の無い事でしたが、普段お世話になっている方が困っているとたまたま知ってしまい。
何とか役に立てないかと首を突っ込んだものの、逆に自分まで疑われてしまう結果。元々、自分は仕事でもプライベートでも観て観ぬフリが出来ない性質で。
無駄な弁解はほとんどせず。そのうち分かってくれたらそれでいいかと。
しばらく会えなくなる気配だけが残りました。

ただ、その場で自分の代わりに弁解してくれた方にお礼も伝えられず。それが残念でした。
連絡先を知らない方でした。自分より若いのに今時ケータイもインターネットも使われていないそうで。
「不便じゃないの?」と尋ねたことが幾度かありましたが、特に不便で無いそうで、逆に直接会って話をする方が伝わりやすいそう。
過去にケータイを所有していた頃もあったそうです。しかし、飛び交う情報全てに気配り出来なくなってしまったそうで。
全く理にかなった説明でした。だから、いつでもこんなに気配りが出来るんだなぁと。

だいたい、自分がインターネットやスマホを触っている時間の多くは、人より早く情報を知りたい場面ばかりです。十年前までオンライントレードを幾度かやっていて、その頃に悪い癖が付いてしまったかも知れません。情報が遅れたらとんでもない損失が発生してしまい。
大昔は本屋の立ち読みや図書館で必要な情報を調べるのに時間を費やしていました。その後はネットを活用し便利になったなぁと。
更にその後は上記の如く、結果的に記憶にも残らないような何かに時間を費やしていてばかり。

まだ小さな子供を育てている古くからの友人曰く「LINEが大嫌い」だそうです。ママ友達の連絡に乗り遅れると、親同士でも仲間外れがあるそうで。自分の知らない凄まじい世界があったんだなぁと。
夫婦揃って合衆国に留学していた友人、日本のアホなしきたりには嫌気がさしているそう。

以前に数年間お世話になっていた会社は協力会社に乗っ取られてしまったのですが、その協力会社は所謂ベンチャーで深夜でもスマホに仕事の案件が飛び交い。
その内容が翌朝に知っても十分対応可能な案件なのに、直ぐに返信が必要らしく。自分からすると全くアホらしく。
寝てる時まで自由を奪われちゃうの?と。

そういう自分も、傍から見たら案外アホかも知れないと気付いたりです。
二十年くらい前に「PCを捨てて外に出ろ」とのフレーズをよく見掛けました。この時代だったら、どうするのが一番良いのだろう。

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