手順とか

以前に化学系の分析装置の販売店で技術屋さんをやっていた頃の話です。
自分は物理系を専門にしていたもので、化学系の製品を扱う仕事は初体験でした。
その会社に転職してしばらくは修理と点検の作業だけで済んだものの、仕事にある程度慣れた段階で、製品の据付とお客さんへの取説(取扱説明)も必要な作業になり。

客先の本番前夜に社内で予行練習がありました。
取説書は既に存在していたので、それを元に話を進めたのですが、これが途中で頓挫してしまい。
取説書は機能別に項目が分かれていて、これを元に話を進めると頁が飛び飛びとなってしまい。
仕舞いには戻り先の頁も判らなくなってしまい。説明する側がこれでは、聴く側のお客さんも煙に巻かれるかと。
根本的な問題は「手順に乗っ取った取説」が存在しないことで。
この問題を漏らしたところ、それを聴いていた技術系の社員も以前から同じ疑問を持っていたそうで。

「二時間以内に作るから」と約束し、急遽それを作ることにしました。
文字だけの叩き台な文章ではあったものの、それはちゃんと出来上がりまして。
その晩の帰りは皆遅くなったものの、スムースな取説は出来る様になりました。
結果的にその文章はその後の取説で必ず利用されるようになりました。

一般家庭で利用される家電類でも「手順に乗っ取った取説」は少なかったりです。
既に類似の製品を経験している人にとっては取説そのものが不要であったりなのですが、社会的にレアな分析装置はそうも行かずでして。
特に化学系の分析装置ですと、手順を誤るとまともに動作しないどころか高価な分析装置を破壊しかねずで。

分析対象の試料にしても、前処理が必要だったりです。分析に必要な薬品も同様で。
この前処理についても、手順を間違うと恐ろしい事態が待っていたりで。
熟練した技術者や研究者には当たり前のことであっても、習得中の学生には抜けもあったりでして。
実際に立派な大学の学生が、手順を誤って調製中の薬品を爆発させて指を失ってしまった事故もあったりで。

化学分野の恐ろしいところは、何をしたら具体的に危ないのか周知されていない点だったりです。
ペーパー試験では高得点を稼げても、そこに危険性が隠れていなかったりで。
化学式しか覚えていないと、そこに隠れるリスクは伝わらないのかも知れずです。

demon coreをご存知でしょうか?
これは化学ではなく物理の世界の実験と事故です。ちょっとしたアクシデントが元で、核開発に関わった優秀な研究者が命を落していました。
再現映像も残っています。

映像は3分にも満たないものの、ちょっと解説が必要かもしれません。
核反応の臨界状態を研究する場面、非常にリスキーな作業途中でコップの割れた音に気を取られた研究員が装置の操作を誤ってしまい。
起してはならない臨界の青い光をまともに浴びてしまった研究員。青い光は核分裂反応の証で。
プルトニウムの塊である球体を移動させない事には核分裂反応は収まらず、素手で球体を払いのけ。
素手で触るのも当然危険なのですが、一刻も早く対処しないことには同じ部屋に居る皆も大量の放射線を浴びてしまい。咄嗟に判断した犠牲行為でした。

研究段階とはいえ、1945年当時でも扱いを誤ったら危険という認識は十分にあった様です。(核爆発に至らなくとも)
そういった前例を知らなかったのか、周知されていなかったのか半世紀以上後の日本でも似たような事故が発生しています。
これは実験で無く、作業の過程で生じた事故なのですが、臨界の青い光を目前で観てしまった点では同じ結末で。
被爆した作業員は数日の間、見た目に大きな変化も無く会話も普通に出来たそうです。
即死ではなかったものの、明らかに危険な放射線量を浴びてしまい、そのまま特殊な環境へ入院。

悪く言ってしまうとモルモット的な実験材料にされてしまい、身体の表面は崩れ落ち、本人も早く死なせてほしい苦しみがあったものの、延命措置は続き。
以前に検索した際には患者がベッドの上で宙吊りにされた写真も残っていたのですが。
事故の数年後だったかには、某国営放送でもドキュメンタリーで扱われていた題材です。

普通に出回っている製品は、事故を防ぐために冒頭で危険について箇条書きがあったりです。悪く言ってしまうと責任回避で。
ただ、そんなのを読む人は少ないかと思います。そもそも、取説を読む必要も無い製品が多いのでしょうし。
何か良い方法があれば良いのですが。

話を戻しまして。
自分はニッチな分野での技術職が長く。
転職が多かった中で、既存の取説に解り難さを感じる場面も少なく無く。
内部資料としてチェックリストはあったりなのですが、そのチェックの手順が明文化されておらずだったり。
高齢の熟練技術者はそんなの当たり前だったりでしたが、新前は慣れぬ作業に時間も掛かり間違いも多く、熟練技術者から非難されがちで。
その熟練技術者が完璧だったかというと、これがそうでもなく。大項目そのものを忘れていたりでして。

短期間で去った会社では、そういった手順書を作りがちでした。
一部の製品でしか対応出来なかったものの、引継ぎの相手からはもっと作ってほしかったとの意見もありました。
手本は残したので、似たようなモノはアレンジしやすかったかと思います。

ここでオチが閃きました。
自炊の料理にしても、材料を一気に調理しても悲惨な出来になったりでして。
やはり手順は無視出来ないよなぁと。
思い返すと分析装置の手順書も料理の手順にかなり似ていました。
同時進行の工程は一方の作業の待ち時間に上手く片付けたりで。短時間に効率的にという考え方は一緒でして。

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